歌舞伎への誘い 〜鑑賞の手引き〜
歌舞伎とは
1.「間口」の広い芸能 2.「らしさ」を追及した芸能
 
2.「らしさ」を追及した芸能
歌舞伎の表現の特徴として、近代の演劇のように写実的な方向ではなく、あくまで舞台上で「それらしく」見えることを追求し、様式的な方向へ発達してきた点が挙げられます。
 
女方の存在
歴史的な経緯から、歌舞伎では女性役を含めたすべての役を男性が演じます。この女性役、また女性役を演じる俳優のことを「女方(おんながた)」、反対に男性役、また男性役を演じる俳優のことを現在では「立役(たちやく)」といいます。[歴史的には、「立役」は、悪人の男役である「敵役(かたきやく)」に対して、善人の男役をさしましたが、現在では一般的に広く男役全体をさします。]
「女方」は、衣裳や化粧などの扮装だけで、「女性らしさ」を表現しているわけではありません。例えば女性が歩く様子を演じる場合、「女方」では両膝をつけて内股で歩くことで「女性らしさ」を表現します。また舞台上では、肩甲骨をぐっと下に落とすことで、女性のなで肩を表現します。これらは男性である「女方」が、写実的に女性をまねするのではなく、あくまで舞台上で「女性らしく」見えるように工夫してきた演技法です。
 
 
 
「役柄」の発達
歌舞伎の登場人物は、年齢・職業・物語上の役割などの諸条件をもとに類型化して演じられます。この類型的な分類を「役柄(やくがら)」と称します。大きくは「女方」・「立役」、そして悪人の役である「敵役(かたきやく)」に分類されますが、時代を下るにしたがってそれぞれは細分化されていきます。
 
「その役らしさ」を表現するために役柄は細分化されていった
 
そのため一口に「女方」といっても、武家の奥女中役の「片はずし(かたはずし)」、お姫様の「赤姫(あかひめ)」、かいがいしく夫の世話をする「世話女房(せわにょうぼう)」、老人の「老女方(ふけおやま)」などに分類できます。
善人の男役の「立役」のおもな「役柄」としては、荒々しく豪快な「荒事(あらごと)」[荒事師]、柔らかく優美な「和事(わごと)」[和事師]、悲劇的な立場で苦悩する「実事(じつごと)」[実事師]、滑稽な「道化方(どうけがた)」、少年役の「若衆方(わかしゅがた)」などが挙げられます。
また「敵役」は、位の高い「公家悪(くげあく)」、「二枚目(にまいめ)」の色男の「色悪(いろあく)」、国を乗っ取るほどのスケールの大きな「国崩し(くにくずし)」、現実的で冷酷な「実悪(じつあく)」などに分類できます。
これらの「役柄」には、「その役柄らしさ」を表現する類型化した扮装が工夫され、上記で解説した「女方」の演技の工夫のように「その役柄らしい」演技術が確立されてきました。
 
 
 
「場面」がそれらしく見えるような工夫
歌舞伎の「らしさ」の追求は、登場人物の表現にとどまりません。ある場面が、「それらしく」見えるように演出も工夫されていきました。
『青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)』[通称『白浪五人男(しらなみごにんおとこ)』の「稲瀬川勢揃いの場(いなせがわせいぞろいのば)」では、捕り手に追われている5人の泥棒たちが、それぞれ「志ら浪(しらなみ)」と大きく書かれた傘を手に登場します。「白浪」とは、泥棒のことをさします。追われている泥棒たちが、なぜ自分たちが泥棒であることを示す傘を持っているのでしょうか。この場面は、5人の俳優が演じる泥棒たちが勢揃いする華やかな見せ場です。「志ら浪」と書かれた傘は、「華やかな場面らしさ」を演出するための小道具として使用されているのです。

上記は、役柄や場面の表現の一例ですが、歌舞伎では衣裳や化粧などの扮装、大道具や効果音などそれぞれの要素が、「らしく」見えることを優先させて発達してきました。そしてこれらの表現方法は、同じような役や同じような場面で繰り返し使われるようになり、結果として歌舞伎独特の様式的な表現が確立されていきました。