歌舞伎事典
女歌舞伎
財団法人大和文華館蔵 撮影 城野誠治

女歌舞伎【おんなかぶき】

 遊女や女芸人の歌舞伎をいいます。1603年(慶長【けいちょう】8年)に出雲の阿国【いずものおくに】が、かぶき踊り【かぶきおどり】で評判を集めると、すぐに多くの女芸人がまねを始めました。京都の四条河原【しじょうがわら】や江戸の吉原【よしわら】では、舞台【ぶたい】が設置され演じられるようになったようです。
 舞台では男性の姿をした50〜60人の遊女がさまざまな踊りをしました。阿国の歌舞伎との大きな違【ちが】いは、当時最新の楽器だった三味線【しゃみせん】が使われていたことです。1615年(元和【げんな】元年)から1629年(寛永【かんえい】6年)頃【ごろ】が最も盛んだったようです。しかし、風俗を乱すという理由で1629年(寛永6年)に禁止され、次第に姿を消していきました。



<関連項目【かんれんこうもく】>

出雲の阿国かぶき踊り三味線
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