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世阿弥のいた環境

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そして、世阿弥の晩年に将軍になった足利義教(よりのり)が、それ以前から後援していたのが、音阿弥(おんあみ、1398~1467)です。音阿弥[観世元重]は世阿弥の甥ですが、義教の極端な音阿弥びいきは、世阿弥や元雅の冷遇につながることでもありました。能の作品を作ったという記録は残っていませんが、元雅没後に観世大夫(かんぜだゆう)として名実ともに観世座を代表する存在となります。世阿弥の没後も、1464年(寛正5年)に催された糺河原(ただすがわら)での演能で多くのシテをつとめるなど活躍しました。


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