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猿楽能(さるがくのう)の興隆は、世阿弥が13歳のときに京都の今熊野(いまぐまの)で観阿弥が催した猿楽能を、室町幕府3代将軍の足利義満(あしかがよしみつ、1358~1408)が初めて見て、猿楽を後援するようになって以降のことです。義満は世阿弥を寵愛(ちょうあい)し、祗園祭の見物に世阿弥を同席させたりしましたが、これは猿楽の役者の身分が低かった当時としては特別なことでした。
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猿楽能(さるがくのう)の興隆は、世阿弥が13歳のときに京都の今熊野(いまぐまの)で観阿弥が催した猿楽能を、室町幕府3代将軍の足利義満(あしかがよしみつ、1358~1408)が初めて見て、猿楽を後援するようになって以降のことです。義満は世阿弥を寵愛(ちょうあい)し、祗園祭の見物に世阿弥を同席させたりしましたが、これは猿楽の役者の身分が低かった当時としては特別なことでした。