能楽

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世阿弥のいた環境

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禅

室町時代、国家的に秩序づけられた五山(ござん)という有力な禅宗寺院をはじめとして、禅宗は政治・文化に大きな影響力を持っていました。世阿弥は、京都では東福寺にいた禅僧・岐陽方秀(ぎようほうしゅう、1361~1424)のもとに出入りしていたことが知られています。岐陽方秀は、将軍足利義持(よしもち)とも交流を持っていた臨済宗(りんざいしゅう)の禅僧でした。また、世阿弥は、現在の奈良県の味間(あじま)にある曹洞宗(そうとうしゅう)の補巌寺(ふがんじ)にも参学しており、補巌寺には妻・寿椿(じゅちん)とともに田を寄進しています。

禅の影響は世阿弥の能楽論や作品の中にも、うかがうことができます。たとえば、禅の修行において課題として与えられる「公案(こうあん)」を、世阿弥は能における「工夫」の意味などに転用して使っています。また『九位(きゅうい)』では、能の九段階の芸位それぞれの境地を禅の詩句によって説明します。

岐陽和尚像(京都府・慧日山東福寺霊雲院所蔵)

岐陽和尚像
(京都府・慧日山東福寺霊雲院所蔵)

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