能楽

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世阿弥と能作者たち

  • 世阿弥の系譜
  • 世阿弥の年譜

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将軍年代世阿弥に関する事項
1363

世阿弥が誕生[翌年説もある]。

1368

【歴史的事柄】
足利義詮が死去。子義満が11歳で将軍就任。

1375

京都今熊野で観阿弥・世阿弥父子が能を演じる。足利義満が初めての猿楽能を見物。[『申楽談儀』には世阿弥は12歳とある]
二条良基(にじょうよしもと)が少年[後の世阿弥]に「藤若」の名を与え、その美しさを賞賛。

1378

藤若が二条良基邸での連歌に加わり、称賛をあびる。

1382
1384

世阿弥22歳。駿河国[現・静岡県]浅間神社で世阿弥の父・観阿弥が能の興行を行い、同地で死去。享年52歳。

1388

【歴史的事柄】
二条良基が69歳で死去。

1392

【歴史的事柄】
南北朝統一。

1394

【歴史的事柄】
足利義持が将軍に就任[9歳]。義満は太政大臣に就任。

世阿弥32歳。南都[現・奈良県]興福寺一乗院で観世三郎[世阿弥]が能を演じる。足利義満が見物。

1398

世阿弥36歳。観世元重[音阿弥]が生まれる。世阿弥の弟四郎の子。世阿弥の養子となったと推測される。

1400

世阿弥38歳。『風姿花伝』第三までが成る。元は『花伝』という書名であったと考えられる。
この頃に、義満から「世阿弥」の名が与えられる。

1401

世阿弥39歳。この頃世阿弥の子、元雅・元能が生まれたと推測される[どちらが年長かは不明確]。

1405

世阿弥43歳。金春禅竹誕生。後に世阿弥の娘婿となる。

1408

【歴史的事柄】
足利義満が51歳で死去。

1411
1414

世阿弥52歳。能本「難波梅(なにわのうめ)」書写。日本最古の演劇台本。

1418

世阿弥56歳。伝書『花習内抜書』を著す。『花伝第七別紙口伝』を元次[元雅のことか]に相伝。この時期に多くの伝書を書き残す[『音曲口伝』(1418年)・『至花道』(1419年)・『二曲三体人形図』(1420年)]。

1422

世阿弥60歳。世阿弥が出家。観世大夫は元雅が相続する。

1423

能の作り方を記した『三道』を息子元能に相伝。この頃『遊楽習道風見』などの伝書も成立。

1424

世阿弥62歳。能本「タヾツノサエモン」「江口」を書写し、金春大夫に相伝。
この年、世阿弥は京都醍醐寺清滝宮祭礼の楽頭職(がくとうしき)[祭礼の猿楽上演の権力者]に任命される。
伝書『花鏡』を息子元雅に相伝。

1428

世阿弥66歳。伝書『六義』『拾玉得花』を金春大夫[禅竹]に相伝。

1429

【歴史的事柄】
足利義持死去。出家していた義教[義持の弟]が還俗(げんぞく)して将軍就任。

仙洞御所[上皇・法皇の住まい]で予定されていた世阿弥・元雅の公演が、将軍義教によって中止に追い込まれる。

1430

世阿弥68歳。息子元能が世阿弥の芸談『申楽談儀』をまとめて、出家する。
この年、元重が醍醐寺清滝宮の祭礼に出演。楽頭職が世阿弥から元重へ移ったと考えられている。

1432

世阿弥70歳。細川奥州[持経か]の若党が室町御所で能を上演。世阿弥と元雅も出演[世阿弥の最後の出演記録]。
この年の8月1日に、元雅が伊勢で40歳に満たない若さで死去。翌月、世阿弥は追悼文『夢跡一紙』を著す。

1433

世阿弥71歳。最後の能楽論『却来華(きゃくらいか)』を著し、「一座すでに破滅しぬ」と世阿弥の座の不遇を嘆く。

1434

世阿弥72歳。佐渡に流される。罪状は不明。

1435

佐渡から金春禅竹に宛てて書状を出し、妻・寿椿の扶持への礼と鬼能への助言をする。六月八日付。

1436

小謡・曲舞集『金島書』を編む。

1441

【歴史的事柄】
嘉吉の変(かきつのへん)。足利義教が元重の能を鑑賞の最中、暗殺される。

義教の死去により追放されていた公家たちが赦免(しゃめん)される。世阿弥も赦免されたか?

1443

一説によれば、この年世阿弥は81歳で死去。

世阿弥の生涯には不明な点が多く、生まれた年も貞治二年説と三年説があります。(ここでは貞治二年説で年譜作成)

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蹴鞠(けまり)・連歌(れんが)などが堪能だった美少年・世阿弥(幼名は「藤若(ふじわか)」など)は、二条良基(にじょうよしもと)など貴人を魅了しました。

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青年期の世阿弥の記録はなく、15歳前後から31歳までの消息は伝わっていません。

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近江猿楽(おうみさるがく)の犬王(いぬおう)には及ばなかったものの、足利義満など後援を得て、能役者・能作者として活動しました。

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田楽(でんがく)を好んだ義持の時代も、世阿弥は前代と変わらない活動をしました。この頃から、多くの伝書・能本[能の台本]を書き、息子たちに相伝しました。

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世阿弥は出家し、観世大夫を息子の元雅に譲りましたが、引き続き能役者として活動をしていました。

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音阿弥[観世元重]ひいきの義教が将軍に就くと、世阿弥は迫害され、不遇な晩年を迎えます。

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