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薩摩琵琶(さつまびわ)

薩摩琵琶は、戦国時代に九州の薩摩地方で島津忠良(しまづ ただよし)[1492-1568]が、盲僧の淵脇了公(ふちわきりょうこう)[生没年不詳]に作曲させ語らせたことに始まります。武士の士気を鼓舞する目的で作られ、詞章は教訓的な内容でした。安土桃山時代から江戸時代の始めにかけて、勇壮な合戦を扱った叙事歌曲が語られるようになり、江戸時代中期には町人の間にも広まり、娯楽として琵琶を楽しむようになります。武士の間で行われていた剛健な音楽「士風琵琶」とは異なった、艶麗さを持つ音楽「町風琵琶」になりました。明治維新以後、薩摩藩の東京進出に伴い、薩摩琵琶は全国的な広がりを持つようになりました。

参考曲 楽譜・資料
2:29
薩摩琵琶『俊寛(しゅんかん)』[錦心流]

薩摩琵琶/田中錦煌
1991年[平成3年]10月25日 第69回邦楽公演「邦楽鑑賞会」
国立劇場小劇場

【解説】
『平家物語』に題材を取った曲。平家打倒の陰謀が発覚し、南海の孤島鬼界ヶ島に流されていた俊寛僧津(しゅんかんそうず)らの元に都から赦免状が届くが、俊寛の名がなく、すがりついて願うがかなわず、一人島に取り残されるという内容です。

【詞章】
某 都にて承り候も 俊寛一人は此の島に 遺し申せとの御諚なり あゝこは如何に何事ぞ そもそも我等三人は 罪も同じ 配所も同じきに 如何なればこそ我一人 この島に遺さるべきと 嘆くもいとど哀れなり

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