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生田流箏曲(いくたりゅうそうきょく)

生田流箏曲は、生田検校(いくたけんぎょう)*1[1656-1715]が1695年[元禄8年]に創始したと伝えられる流派ですが、八橋検校が制定した「組歌(くみうた)*2」や「段物(だんもの)*3」を受け継いでいます。上方では、地歌の三味線と結びついて発展を遂げ、近代に入って東京でも勢力を広げました。三味線との合奏は、箏の調弦法の考案や「スクイ爪の技巧」[爪の裏面を使い、手前にすくうように弾く奏法]や「押手の技巧」[あらかじめ左手で弦を押し音程を上げてから弾いたり、弾いた後に弦を押して余韻に変化を与えたりする奏法]など、技巧の発展に繋がりました。また、爪の改良*4や、箏に向かって斜め左を向いて座わる姿勢など、演奏上の工夫も行われました。

《コラム》検校(けんぎょう)って何?

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参考曲 楽譜・資料 主な楽器 注釈・コラム
2:54
『雲井の曲(くもいのきょく)』

箏/初代・富山清琴[富山清翁]
1988年[昭和63年]1月22日 第53回邦楽公演「邦楽鑑賞会」
国立劇場小劇場
※「生田流箏曲」の名称は、今では大阪の継山流なども含め「山田流箏曲」に対して広く用いられています。初代・富山清琴は、生田流の中でも、継山流のながれを継承。

【解説】
詞章には、『古今和歌集 (こきんわかしゅう) 』[905年]や『新古今和歌集 (しんこきんわかしゅう) 』[1205年]などの和歌集で詠(よ)まれている恋の歌が用いられています。「雲井調子」という箏の調弦の名称は、この曲に由来するものともいわれています。八橋検校作曲。箏の組歌。

【詞章】
雲井にひびく鳴る神も 落つれば落つる世の慣ひ さりとては我が恋の などかは叶はざるべき。

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