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一中節(いっちゅうぶし)

一中節は、元禄期[1688-1704]に、都一中(みやこいっちゅう)[1650-1724]が京都で始めた浄瑠璃(じょうるり)です。座敷で語ることが多く、人形芝居で語られることはありませんでした。京都や江戸で歌舞伎に出ることもありましたが、京都では次第に衰えてしまいました。一中節は、旋律の線が穏やかなこと、声や中棹(ちゅうざお)の三味線の音に厚みがあることが特徴です。後に、都一中の弟子、宮古路豊後掾(みやこじぶんごのじょう)[?-1740]が名古屋や江戸で歌舞伎に出て大評判となりました。この語りが豊後節(ぶんごぶし)です。しかし、哀艶*1で扇情的な語り口のため世間で心中事件が増えたとして弾圧を受け、豊後節は衰退してしまいます。

注釈はこちら
参考曲 楽譜・資料 主な楽器 注釈・コラム
1:32
『松の羽衣(まつのはごろも)』

浄瑠璃/都一いき、都一静、都一和、三味線/11代目・都一中、都一照、都一のぶ[写真左は都一いき、右は11代目・都一中]
1972年[昭和47年]4月15日 第18回舞踊公演「素踊りと座敷唄」
国立劇場小劇場

【解説】
漁師が松にかかった美しい衣を持ち帰ろうとすると、天女が現れ「返し給え」と頼みますが、漁師が返そうとしないため天女が嘆く前半と、羽衣を返してもらった天女が舞を披露する後半からなります。能の『羽衣』に基づき、謡曲の詞章を多く取り入れています。

【詞章】
五衰の姿眼の前に、振りさけ見れば霞たつ、雲路の雁も声添えて、千鳥鴎(ちどりかもめ)の沖津波、たつか帰るか、帰るかたつか。

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