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義太夫節(ぎだゆうぶし)

義太夫節は、江戸時代・貞享[1684-88]期に大阪で人形芝居「人形浄瑠璃」の語りとして成立した三味線音楽です。創始者の竹本義太夫(たけもとぎだゆう)[1651-1714]にちなみ、義太夫節と呼ばれるようになりました。義太夫節は、語り手の大夫(たゆう)が、物語の進行だけでなく、全ての登場人物に関する心理状態や感情を原則として一人で語り分けます。その語りは、幅広い音域や、様々な声を用い、極めて写実的に「情を語る」ことが大切だとされています。三味線は太棹(ふとざお)*1を用い、深い響きと力強い撥(ばち)さばきで心情・情景を描き出します。なお、歌舞伎で語られる義太夫は「竹本(たけもと)」と呼ばれています。

《コラム》
人形芝居の源流「説教(せっきょう)」

《コラム》
「女流義太夫」の人気はアイドル並み?

 
参考曲 楽譜・資料 主な楽器 注釈・コラム
*1
太棹(ふとざお):
三味線の種別で、棹が太く胴が大ぶりのもの。通常は義太夫節の三味線をさすが、広義には浪曲用や津軽三味線も含まれます。
コラム

人形芝居の源流「説教(せっきょう)」

説教は、仏教を伝道するための手段で、14世紀、鎌倉時代の末から室町時代の初期の頃、巧みな話術に節を付けて語られるようになりました。その内容も、信仰的なものから世俗的なものに移り、簓(ささら)、鉦(かね)、羯鼓(かっこ)などの楽器を伴奏に語ったり、門付(かどづけ)[家々の玄関先で芸を披露して金品を得ること]をして歩くようにもなりました。江戸時代に入ると、三味線の伴奏で語られるようになり、説教演奏家が誕生し、人形芝居と提携した芝居興行も始まりました。元禄期[1688-1703]には全盛を過ぎ、衰退に向かいます。

「女流義太夫」の人気はアイドル並み?

女流義太夫は、江戸時代後期に始まりましたが、天保の改革で女性芸人が禁止され一時すたれ、1877年[明治10年]、女性芸人の出演が法的に認められてから非常に人気を博しました。新聞や雑誌、広告にも頻繁に登場し、ブロマイドやオリジナルグッズもあったほど、その人気は現在のアイドルなみでした。小説家の志賀直哉(しがなおや)[1883-1971]や画家・詩人の竹久夢二[1884 -1934]の日記にも、女流義太夫の高座に通った記述が残されています。現在では、後継者の育成が進められ、定期的な公演が行われています。また、右のムービーのように、各地の人形浄瑠璃や地芝居を支える重要な存在としても活躍しています。

1:27

『坂田金時 怪童丸物語』
「足柄山の段」
浄瑠璃/竹本土佐子、三味線/鶴澤津賀寿、ツレ/鶴澤賀寿、人形/小田原市立橘中学校相模人形クラブ(指導/相模人形芝居「下中座」)
2006年[平成18年]11月19日
「まるきた伝統空間大宮」
JR大宮駅特設舞台
提供/(財)東日本鉄道文化財団
※この演目は中学生のための新作浄瑠璃です。

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