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歴史

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朝鮮半島からの伝来

朝鮮半島から、それぞれ独自の楽舞が伝わります

日本と朝鮮半島とは、古くから交流が盛んでした。4~6世紀の朝鮮半島には、高句麗(こうくり)、百済(くだら)、新羅(しらぎ)という3つの国があり、この国々からそれぞれ伝わった舞や器楽は、総称して「三国楽」と呼ばれました。

さらに、8世紀に朝鮮半島から中国大陸にかけて勢力をのばした渤海(ぼっかい)からも舞や器楽が伝わり、「渤海楽」と呼ばれたのです。

そして、これら朝鮮半島系の楽舞は、中国大陸から伝わった楽舞の影響も受け、次第に形を変えながら、一つにまとめられていき、のちに「高麗楽(こまがく)」と呼ばれる、雅楽の大きな流れの1つとなっていくのです。

コラム 高麗楽の源流

『伎楽面 金剛』

朝鮮半島と日本の関わりは深く、舞や器楽が伝わったのも中国からより早かったようです。5世紀半ばに新羅から多くの楽人がやってきて歌や舞を奏したとの記述や、朝廷に常駐していた百済の楽人が交替したとの記述が、古事記に残っています。

三国楽が伝来した当時は、それぞれの地域の特色ある楽器が多かったようですが、現在の高麗楽には伝えられていません。その後に伝わった渤海楽も、具体的な曲目などの実体はよくわかっていません。

また7世紀前半、無言の仮面音楽劇である「伎楽(ぎがく)」も、百済の味摩之(みまし)によって伝えられ、東大寺の開眼法要でも奏されています。用いられた面は、今も正倉院に残されていますが、実際の内容までは伝わっていません。

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