雅楽 GAGAKU

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朗詠 伴奏付きの漢詩歌謡

平安時代の宮廷貴族は、漢詩文を手本として模倣しながら、その知識を身につけました。とくに優れた句は漢詩文から切り離して節をつけて歌われることで、朗詠という音楽のスタイルが生まれました。声を中心とする音楽を、伴奏を担う楽器がサポートします。

漢文を歌詞に用いる歌謡

催馬楽(さいばら)や風俗歌(ふぞくうた)が和文の歌詞を用いるのに対し、朗詠は漢文による歌謡です。

平安前期から、宮廷貴族は中国の漢詩文を手本として模倣するようになりました。なかでも華麗な対句や四六駢儷文(しろくべんれいぶん:4字と6字の句を基本とし、対句を多用する華麗な文体)の優れた句は、もとの漢詩文から切り離して親しまれ、作文の手本にされたり節をつけて朗詠されたりしました。歌詞である漢詩文には中国のものだけでなく、日本人が作ったものも選ばれています。

このような歌詞による歌唱を引き立てるように、楽器は伴奏にまわり演奏が行われます。

宮廷社会での盛行

『芦手絵和漢朗詠抄』上巻
藤原伊行 筆 平安時代

平安時代後期、朗詠の発展は源家(げんけ)・藤家(とうけ)の2流派が牽引しました。源家は源雅信(みなもとのまさのぶ:920~93年)にはじまり、一方の藤家は『和漢朗詠集』の撰者で知られる藤原公任(ふじわらのきんとう:966~1041年)等の流派です。

『和漢朗詠集』は、朗詠で歌う歌詞にふさわしい中国と日本の詩人・歌人の漢詩や和歌を、四季や題目ごとに分類して収めています。

『和漢朗詠集』以降、このような詩歌集が複数編纂されていたことからも、当時の朗詠の盛行ぶりがうかがえることでしょう。

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