雅楽 GAGAKU

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なりたち 宮廷社会から生まれた歌謡

諸国に伝わる民謡などを歌詞にした催馬楽(さいばら)や漢詩の一節を歌詞に歌う朗詠は、平安時代、たしなみとして和歌や漢詩に親しんだ宮廷貴族たちの手によって生まれました。

貴族がたしなんだ詩歌管絃(しいかかんげん)と歌謡

平安時代、天皇をはじめとする宮中の人たちにとって、漢詩や和歌の知識と並んで楽器を奏でることは、必須教養のひとつと考えられていました。

平安中期になると、御遊(ぎょゆう)と呼ばれる天皇や上皇主催の管絃の遊びがさかんに行われはじめ、そこで演奏されるようになった催馬楽(さいばら)をはじめ、多くの宮廷歌謡が愛唱されていきました。

催馬楽は、日本の各地に伝わる民謡などが宮廷社会に取り入れられ、大陸から伝来した音楽の様式にならって編曲された歌謡です。和文の歌詞には、庶民の日常生活や情感が表現されています。10世紀に様式が整えられると、御遊に欠かすことのできない歌謡となりました。

一方の朗詠は、漢詩文を歌詞として用い、節をつけて口ずさむ歌謡です。歌詞は、感情をありのまま和歌に表現している催馬楽と対照的で、格調高く自然の景色などが表されています。

優れた和歌や漢詩を手本に詩歌を作ったり、それらを歌詞とする歌謡を歌ったりするほど、詩歌管絃は王朝貴族の間に浸透し、宮廷社会に深く根ざしていました。

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