雅楽 GAGAKU

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民謡や漢詩文を歌う声楽

『和漢朗詠集』(益田本)巻下

日本の民謡を編曲したり漢詩に旋律をつけたりして、唐楽風の器楽演奏とともに歌う平安時代に成立した歌謡、それが歌物です。平安時代の日本各地の民謡やはやり歌をもとにした「催馬楽(さいばら)」と、中国から伝わった漢詩文に節をつけた「朗詠(ろうえい)」とがあります。

「催馬楽」は、3種類の管楽器と2種類の絃楽器の演奏を伴い、笏拍子という打楽器でリズムを取りながら歌います。また「朗詠」は、3種類の管楽器のみによる演奏を伴いますが、はやし言葉を交えた自由なリズムで歌われます。これら歌物の伴奏に用いられる楽器を、「付物(つけもの)」と呼びます。管楽器は、旋律をなぞるように奏します。また、管絃や舞楽において和音を奏する笙が、歌物においては旋律を奏します。

歌物は、管絃の演奏会などにおいて、唐楽の曲のあいだなどに奏されることが通例です。いずれも、冒頭に始めの句が独唱され、続いて全員による斉唱が続きます。歌詞はいずれも日本語ですが、「催馬楽」では平安時代の風俗を映す和文、「朗詠」では閑雅で格調高い漢詩文が歌われます。

平安時代に生まれた新しい歌謡

雅楽が盛んだった平安時代の宮中では、天皇や貴族たち自らも演奏を楽しんでいました。日本の各地から都へ訪れた人々の、郷土の民謡やはやり歌なども好んで取りあげ、呂律など音楽としての様式を整えて演奏したのが「催馬楽」です。管絃の楽曲の合い間などに、よく歌われました。源家(げんけ)流と藤家(とうけ)流という、2つの流儀が生まれ、互いに競い合って発展したようです。

宮廷社会では、漢詩もよく親しまれていました。そのなかからいくつかの対句を抜き出し、節をつけて歌う「朗詠」も、高尚な歌物として好まれ、よく奏されました。当時の貴族は、漢詩や和歌、音楽に関する教養を、「詩歌管弦(しいかかんげん)」と呼んで重んじていたのです。

しかし、これらの歌物は中世以降に衰退し、江戸時代になってから、ようやくいくつかの曲が復興されることになります。たとえば、最盛期には60曲を越えた催馬楽の曲目も、明治時代に引き継がれたのは復興された6曲しかありませんが、それらはいずれも平安時代の管絃の場で、よく奏された曲ばかりでした。

笙(しょう)

ハーモニーを奏で、美しい響きを合奏に与える管楽器。何本かの竹を束ねた、鳥が羽を休めたようなかたちをしています。

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笏拍子(しゃくびょうし)

束帯を着用する時に、手にもつ笏(しゃく)を縦に割ったような形状の楽器。長さは約36センチ。幅の短いほうを手に持ち、左は切り口を上に、右は切り口を左に向けて打ち鳴らします。

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