文楽編 仮名手本忠臣蔵 Kanadehon Chushingura

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ひろがり 文芸へのひろがり

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誰もが気軽に詠むことができる短詩型は、日本では古くから親しまれ、ときに大きな流行を見せることもありました。なかでも、滑稽な趣きを旨とする川柳や狂歌などでは、庶民にも親しまれていた「忠臣蔵」の世界が、よく題材とされたのです。

五・七・五といった定型の音で構成する日本の短詩形式は、リズムを取りやすく、美しい情景や喜怒哀楽の情感を詠んだ名歌や名句をもじったり、時代の世相を皮肉ったりすることも、好まれました。

すでに古典化していた「忠臣蔵」は、その筋書きや各段の場面、役柄や役者についてのエピソードなども、庶民によく知られていたため、川柳や狂歌の作者たちには、格好の素材とされたようです。おかしみを一層きわだたせるために、歌や句に絵を添えることもよく行われました。

狂歌 『忠臣蔵当振舞』 享和3年(1803年)頃刊 石川雅望[宿屋飯盛] 作 判 葛飾北岱 画

『忠臣藏當振舞』
(早稲田大学図書館所蔵)

役者の評判記の形式をとり、『仮名手本忠臣蔵』の登場人物を役柄に分けて位付けをし、狂歌で評を記した狂歌狂文です。

由良助「末の世の武士もみならへ忠と義のふたつ巴の由良を手本に[後世の武士も見習うがよい。忠と義のふたつを守る心をあらわすような双巴を家紋とする由良助を手本として]」

定九郎「己が身にししより早くむくふとは露しら波の夜はたらきして[自分が犯した罪は、突進してくる猪の速さよりすぐさま自分の身に報いとなってふりかかるとは、まったく知らず白波(盗賊)に落ちぶれて夜盗みをして(夜盗となって)]」

川柳『いろは蔵新柳樽』 弘化3年(1846年)頃刊 十方舎一丸 撰・画

『忠臣藏新柳樽』
「五段目で運のいゝのは猪ばかり」
(早稲田大学図書館所蔵)

赤穂事件と『仮名手本忠臣蔵』を詠んだ川柳は、約3400句あるといわれています。多くの人々が、事件や芝居に関心を持った証でしょう。

(翻刻:部分)「五段目で運のいいのは猪(しし)ばかり」
(言語訳:部分)「五段目」で命を落とさないのは、実は鉄砲で狙われていた猪だけだったという、皮肉なおかしみのある句です。

俳句 『俳人百家撰』 明治27年(1894年)刊 緑亭川柳 編

『俳人百家撰』
大高子葉(大高源吾)
(国立国会図書館所蔵)

赤穂浅野家の浪人四十七人のうちには、10人以上の俳人たちがいたといわれます。中でも、大高源吾(おおたかげんご:俳号・子葉)は優れた俳人でした。「梅で飲む茶屋もあるべし死出の山」と両国橋に句碑がある「日の恩や忽ちくだく厚氷」が辞世の句として知られています。大石内蔵助(おおいしくらのすけ)も可笑と号して、俳句をたしなんだようです。
図版は、大高源吾の代表句「なんのその巌も通す桑の弓」
解釈:桑の弓は幼い男の子の立身出世を祝う細く弱い儀式用の弓だが、そんな弓でも射る者の念力で岩をも射通すであろう。

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