大衆芸能編 寄席

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浪曲の歴史

語る諸芸から浪花節へ

浪曲は幕末に貝祭文(かいざいもん)や説経節(せっきょうぶし)、阿呆陀羅経(あほだらきょう)、チョンガレをもとに民謡や俗謡も取り入れて成立しました。現在演じられている演目も早くから口演されており、語り物としての体裁を整えました。

『絵本東風俗』(江戸東京博物館所蔵)98200147

『絵本東風俗』
江戸中期の風俗を描く。左端にほら貝を口にあてた貝祭文の芸人の姿が見える

『道楽寺あほだら經』(早稲田大学図書館所蔵)チ05_03981_0013

『道楽寺あほだら經』
阿呆陀羅経。木魚のリズムに合わせて、世相を風刺した内容を七七調で語る

浪曲の先行芸能としては説経節、神仏に捧げる祝詞(のりと)から変化した貝祭文などがあります。いずれも経文などに節をつけて歌う声明を源流としています。貝祭文は歌声を大きく聞かせるためにメガホン代わりにホラ貝を口に当てたところから生まれた名で、「デン、デン、デロレン」とはやしたてるのでデロレン祭文ともいいます。また大道芸人などが行っていた木魚を叩きながら歌い歩く阿呆陀羅経も浪曲に影響を与えています。阿呆陀羅経はチョボクレともいい、幕末にたいそうはやりました。さらに門付け芸人が行ったチョンガレも浪曲の成立にかかわっています。このような芸能が幕末に集約されて浪花節(なにわぶし)が生まれました。そしてその開祖が浪花伊助(なにわいすけ)であるといわれています。節のいろどりとして民謡や民衆のあいだで歌われた俗謡の類も取り入れて、浮かれ節(うかれぶし)として演じたといわれます。

京山恭安斎(きょうやまきょうあんさい)は会話が巧みで、節は経を読むようにしみじみとしており、気品のある芸だったと伝わっています。彼は『源平盛衰記(げんぺいせいすいき)』『難波戦記(なんばせんき)』『太閤記(たいこうき)』など、今日の浪曲に受け継がれている演目を演じました。


注釈:
『源平盛衰記』源氏と平家の繁栄から滅亡までを描く鎌倉時代の軍記物語
『難波戦記』豊臣家が滅びた合戦・大坂冬の陣、夏の陣を描いた物語
『太閤記』太閤・豊臣秀吉(とよとみひでよし)を題材にした物語

説経節(せっきょうぶし)

仏教の教えなどを節にのせて歌う語り物

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貝祭文(かいざいもん)

法螺貝(ほらがい)をメガホン代わりにして錫杖(しゃくじょう)で調子をとりながら歌と語りで描く芸能。デロレン祭文とも

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チョンガレ

野外や戸口で錫杖(しゃくじょう)を振ったり、戸口をたたいたりして、おかしな文句や物語を語る芸

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