大衆芸能編 寄席

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落語の歴史

滑稽(こっけい)な話と御伽衆(おとぎしゅう)

平安、鎌倉時代の説話集にはすでに滑稽な話が収められており、僧侶が説教を語る題材としました。豊臣秀吉(とよとみひでよし)の御伽衆であった説教師・安楽庵策伝(あんらくあんさくでん)は、現在の落語の母体となっている笑話などを集めた書『醒睡笑(せいすいしょう)』を著しました。

『安楽庵策伝上人』

『安楽庵策伝上人』

平安時代や鎌倉時代に編纂(へんさん)された説話集『今昔物語集(こんじゃくものがたりしゅう)』や『宇治拾遺物語(うじしゅういものがたり)』には、多数の滑稽な話が収められています。これらの説話の中には僧侶が説教を語る時に題材にしていたものもあると考えられています。

説教を語る僧侶を説教師と呼びます。彼らは平安時代には美声と話術と男前の容姿で、タレント並みの扱いを受けていたことが『枕草子(まくらのそうし)』などに描かれています。安土・桃山時代に豊臣秀吉の御伽衆であった安楽庵策伝(天文23年~寛永19年[1554年~1642年]:美濃出身)も浄土宗の説教師でした。御伽衆は教養と娯楽のために大名が抱えていた人々で、学者や茶人、僧侶などがなりました。策伝は落とし噺の名手で文人、茶人としても知られています。そして幼い頃から聞き覚えた笑い話、約1000話を集めた書『醒睡笑』8冊を著しています。収録された話は最後に落ち[下げ]がついており、策伝はこの形式で説教をしていたとみられます。また現在演じられている小咄(こばなし:短い笑い話)や落語の母体となったものも多くみられます。このようなことから策伝は「落語の祖」といわれています。

説話(せつわ)

民間に語り伝えられた話、伝説、昔話、仏教的な因果応報を説く話など古くから伝承された物語

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説教(せっきょう)

仏教の教えを人々に語り伝えること

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御伽衆(おとぎしゅう)

大名の側近くで書物の講釈や話し相手をする役割の人。多くは学者や僧侶がなる

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落とし噺(おとしばなし)

最後に「落ち」のある噺

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落ち[下げ]

落語の本題の最後を洒落や語呂合わせや機転の利いた言葉で締めくくる文句

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