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組踊の歴史

1719年に創作された組踊。約300年の歴史を持つこの歌舞劇は、どのようにして誕生し、今日まで受け継がれてきたのでしょう。その歴史を詳しく紹介します。地理や時代背景については、「地図で見る冊封使(さくほうし)と江戸上り(えどのぼり)」「組踊関連年表」のバナーをクリックしてご覧ください。

組踊誕生の背景

組踊は、その昔、沖縄が琉球王国だったときに、琉球王府の中で創作されました。誕生の背景となった、琉球と中国との交流や当時の宴(うたげ)について紹介します。

組踊を創った玉城朝薫(たまぐすくちょうくん)

江戸上り(えどのぼり)と朝薫の生い立ち

組踊を創作したのは、琉球王府の玉城朝薫という役人です。若い頃から音楽や舞踊、文芸に優れた人物であり、能楽など日本本土の芸能も学んだといわれています。

組踊の誕生と「朝薫五番」

組踊は、1719年に御冠船踊(おかんせんおどり)の演目の1つとして初演されました。玉城朝薫は、初演時の演目『二童敵討(にどうてきうち)』を始め、5演目を創作しました。この5演目を「朝薫五番」といいます。

組踊の展開

玉城朝薫後の組踊

組踊を創作した玉城朝薫の後も、平敷屋朝敏(へしきやちょうびん)や田里朝直(たさとちょうちょく)らによって、多くの演目が生み出され、組踊は琉球王府の中で発展しました。

組踊伝承の危機と再興

琉球王府で誕生し発展した組踊は、琉球王国の終わりと太平洋戦争により、伝承の危機を迎えます。その後の再興までの軌跡を紹介します。

 

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