作者……近松柳(ちかまつやなぎ)・近松湖水軒(ちかまつこすいけん) 近松千葉軒(ちかまつせんようけん) 初演年…寛政11年(1799年)7月 分類……時代物 初演座…大坂 道頓堀若太夫芝居[旧豊竹座]初演 構成……発端および十三段、大詰

物語の概要

『絵本太功記』は、寛政11年(1799年)7月大坂道頓堀若太夫芝居[旧豊竹座]初演。近松柳・近松湖水軒・近松千葉軒の合作。当時好評のうち続刊中の太閤・豊臣秀吉(とよとみひでよし)1代記の読本『絵本太閤記』の浄瑠璃化です。他に、実録本『太閤真顕記(たいこうしんけんき)』に拠るところも随所にみられます。浄瑠璃『絵本太功記』は、大坂の人々に馴染み深い太閤・豊臣秀吉[作中では真柴久吉(ましばひさよし)]が主人公、というよりむしろ明智光秀(あけちみつひで)[作中では武智光秀(たけちみつひで)]に重点を置き、「本能寺の変」前後の主君・織田信長(おだのぶなが)[作中では尾田春長(おだはるなが)]を討つ光秀の苦悩を描きます。

備中「高松城水攻め」、「雑賀攻め」(一向宗討伐)、紀州本願寺との和解、千利休(せんのりきゅう)のくだり等で秀吉[久吉]を活躍させ、その他の段では光秀を主人公としています。戦国末期の壮大なドラマが、人形浄瑠璃としては珍しい、天正10年(1582年)5月下旬頃の「発端」、6月朔日(ついたち)から13日までの1日一段に、後年の増補「大詰」を加えた十五段構成で展開します。
光秀を、単なる謀叛人ではない悲劇的人物に造形することで、人形浄瑠璃の時代物の本義である「歴史の裏面に隠された真実を語り明かす」ことを、史劇として完成させた作品といえます。

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