『葵上』を鑑賞する

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  4. その三 激しい思いの吐露

その三 激しい思いの吐露

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能(喜多流)『葵上』
平成12年 3月 11日 国立能楽堂
〔シテ〕塩津哲生 〔ツレ〕大島輝久 〔ワキツレ〕山本順三

恨み言をつらねるうちに気持ちのたかぶってきた六条御息所[前シテ]は、「あら恨めしや、今は打たでは叶(かな)ひ候ふまじ」―ああ恨めしい、今は打たずにはいられない―と、病床の葵上を打ちすえます。照日の巫女[ツレ]は「あらあさましや六条の、御息所ほどのおん身にて、後妻(うはなり)打ちのおん振舞ひ、いかでさること候ふべき」―あさましいこと、御息所ほどのご身分で、後妻打ちのお振舞い、どうしてそのようなことがあってよいでしょうか―と制止しますが、御息所は振り切って、なお葵上を苦しめようとします。


葵上への恨み、捨てられた我が身の悲しさ、そして光源氏への思いを、恥じらいとともに葵上の枕元で吐露する場面は、「枕之段(まくらのだん)」といって、御息所の複雑で激しい思いが最高潮に達する様を、御息所の動きと謡によって表現する見どころ、聞きどころです。「沢辺の蛍の影」というところでは、光を放って飛ぶ蛍を追うような目遣いをしたり、「恥づかしや」では扇で顔を隠したりなど、謡の文句に合った動きがあります。葵上を責めたてた御息所は、ついに「枕に立てる破(や)れ車、うち乗せ隠れ行かうよ」―枕元に立てた私の破れ車に、葵上を乗せて連れて行ってしまおう―と言い捨てて姿を消します。

  • 後妻打ち
  • 詞章
  • 唐織を引き被く演出
その二


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