狂言の演目と鑑賞

前へ釣狐(つりぎつね)次へ

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猟師に一族をみな釣り取られた老狐が、猟師の伯父の白蔵主(はくぞうす)という僧に化け、猟師のもとへ意見しにいきます。猟師ははじめ狐を釣ることを隠しますが、やがて認めます。白蔵主は、狐が本来神であること、退治された狐の執心(しゅうしん)が動物や人間を取り殺す殺生石(せっしょうせき)になった故事を語ります。恐ろしい話を聞いて猟師は狐釣りを止めるといい、罠も捨てます。うまくいって喜ぶ狐は、帰路、小歌を歌い跳び回るうち罠を見つけ、餌に引き寄せられます。我慢できなくなった狐は「仲間を釣られた敵討だ。身軽になって食べてやろう」と理屈をつけ変身を解きに去ります。見回りに来た猟師は、罠の餌がつつかれているのを見て、本格的に罠を仕掛け隠れて待ち受けます。戻って来た狐は罠にかかりますが、猟師と渡り合ううちに罠を外して、逃げていきます。

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教養のある僧に化けて猟師を見事に騙した聡明な狐が、罠の餌に、危険を知りながら引きつけられてしまう。この理性と本能のせめぎあいが見どころのひとつです。全編を通しての見どころは狐の演じ方にあります。和泉流では狂言の修業過程を表わすのに「猿で始まり、狐に終る」といいますが、これは『靭猿(うつぼざる)』の猿役で初舞台を踏んだ狂言師が、『釣狐』の狐役を演じて初めて一人前として認められるという意味です。いままで修行してきた技術を封じこめ、狐の姿勢、足の運び、身振りなど、あえて特殊な演じ方をしているのです。そうすることでいままで身につけたものを振り返る、いわば狂言師にとっての卒業課題のようなものとされている演目です。

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[動画中の詞章/狐が変身を解いて餌を食べることに決めた場面より]
「やい、おのれ、今この重い物を脱いできて、たった一口にするほどに、そこを一寸でも動いたならば、卑怯者であらうぞ、えいえいえいえい、クワイ」

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